
「自宅のお風呂の壁がオレンジと黄色なんよぉ~。」というAさん。
Aさん:「この前、ちょっとやってみようと思って、オレンジがお腹から、黄色がみぞおちから、入ってくるイメージをお風呂でしてみたんよ!」
院長:「ええ、どうでしたか?」
Aさん:「やっぱり夜寝る時に痛みが違うんよ!楽!楽なんよ!もちろんゼロじゃないよ。でも、楽なんよ!」
院長:「お~、ホントですか?」
Aさん:「ホントよ!それでそのオレンジとか黄色のイメージをせずに『ハァ~、今日も疲れたわ。』って感じで何となくお風呂に入った日の夜は楽にはならないんよ。不思議。目に見えないけど、やっぱりそういうのってあるんじゃなぁ~!」
こういう問答がありました。「やっぱりそういうのってあるんじゃなぁ~!」とちゃんとわかっているからそうなるんだと思います。「ちゃんと」というのは脳みそで理解しているというよりも身体がわかっている感じ。だからこのような「やっぱり」という言葉がプラスの現象について出てくる。身体は変化するに決まってますよね。身体がわかってやってるんだから。
その後に来院された膝痛のBさん。犬の散歩で歩くのにも困っている状態でした。Bさんは「意識なんかで変化する訳ない。」と思われている典型的なタイプの方でした。(注:こんな方がなぜ当院に来院されたのか?その理由は娘さんの強いススメです。娘さんは意識施術を受ける達人。何でもいけてしまう方です。)Bさんは毎回、施術前半からだんだんと順調に痛みが減少していくにもかかわらず、施術時間の終わりが近づくと痛み出す。そして「やっぱり、痛みが戻ります。」というパターンを何度か繰り返していました。最近、「やっぱりの法則」についてお話をさせていただき、それをご理解いただけたからなのか、どんどん意識が変化してきて、今日は「ホントに楽です。」と正座をして見せて下さいました。「少しは突っ張りますけど…ほら、ちゃんとお尻の下に足をいれてても大丈夫。いつもは痛くて出来ないのに。」と施術の最後に仰られたときには嬉しかったですねぇ~!「もう、散歩は何ともありません。」これも素晴らしい!
「治療院あるある」かもしれませんが、「治療しても痛みが戻る」というこの現象。これ、施術をする側からすると、結構嫌な言葉なんです。特に当院のように一般的でない施術を中心に行っている場合は「まやかし」・「催眠」など、もう結果が出なければ言われたい放題です。「医学書に治癒まで3か月かかるって書いてますから、氣長に行きましょう。」と言いながら電氣治療してればいいのかもしれませんが、これは言いたくないんです。同様の症状が当日変化するのを何度も見てしまうと。非常識であろうとベストを尽くしたい。結果が全て。これでやってきています。結果が出ずに批判されることについては結果を出せない施術家の腕が悪いだけなので構わないのですが、臨床経験を重ねながらなぜこの「戻る」現象が起こるのだろうかと考え続けた結果辿り着いた答えの一つが「やっぱりの法則」です。
あの子は中学生でまだ若いから・・・などと「戻る」という現象について「年齢」と結び付ける考え方をよくお聞きしますが、それは絶対ではないと感じています。なぜなら、後期高齢者と呼ばれる年代の方でも「戻らない」人を何人も見ているからです。ただ、傾向として若い年代の患者さんの方が「戻る」という現象が少ないのも事実。
では改めてこの「戻る」を考察してみる時に、外せないのが「痛み止め」の薬の服用の経験の有無です。「痛み」は身体が発するサインです。本来、良いものでも悪いものでもありません。ただのサインです。皆さんご存知だと思いますが「痛み止め」の状態は怪我が治癒して必要なくなったから「痛み」というサインが止まっている訳ではなく、薬剤で「痛み」という現象を一時的に止めているだけです。薬剤の効果が切れれば「痛み」は現れます。これが、「痛みは戻る」という感覚の根本を形成しているように思えてならないのです。小中学生は痛み止めを飲んだことがない子も多い。そんな子の頭の中には「戻る」という概念自体が存在しない。だから、自然治癒力が徹底的に発揮されて結果が出れば、あとは戻りようがない。こんな感じなのではないかと思います。
「痛み止めの注射で痛みが無くなったんよ。」…と言われましても、いやいや、一時的にわからなくなってるだけでしょ。それをよくなったと捉えるかどうかという話ですね。この捉え方については、個人の自由です。いいも悪いもありません。
多くの方が経験されている通り「痛み止め」を服用している間は「痛み」そのものは無くなるでしょう。しかし、痛みが再度現れる事は服用している本人が一番よくわかっているのです。だから「いつ戻るんだろう。」という不安が常に付きまといます。そして痛みが戻ると「やっぱり、戻った」となります。この経験が人生において多ければ多いほど「痛みは戻るもの」という自分の意識に対する刷り込みが深くなるのではないか。「痛みが戻れば、また薬を飲めばいい。」と予備のお薬を手元に置いておく習慣が形成されればある種の薬物中毒のようになるのではないか。このように感じるのです。
「痛み止めを飲めば大丈夫。」
これって、自然な事でしょうか?「痛み止めを飲めば大丈夫。」ということは逆に考えれば
「痛み止めが無ければ大丈夫ではない。」となります。
当院ではこれを「不健康」と呼びます。心も体も正常ではない。これを「不健康」と呼びます。冷や汗が出るほどの耐え難い強い痛みに対して「痛み止め」を服用することは社会生活を営む上での選択肢としてあっても良いと思います。しかし、その服用が安易な習慣になってしまうと「本来の自分の健康状態」を見失います。確実に。
ご自身が自分の身体に対してどのような感覚を持っているか。これを今一度考えてみると、自然治癒力の大切さがよくわかります。自分の身体に対する感覚が変化すれば「戻っていたものが戻らなくなる」という変化は当然の事として起こり得ます。それは「経験上、私はそのように思います。」としか言えませんが、「痛みは戻る」と思っている方はかなり高確率で戻ります。ただ思った通りになっているだけなんですけどね。人間の意識って本当に凄いですよ。
・・・だって、お風呂場の壁の色を見て、その色のエネルギーをお腹から取り込むイメージをすると痛みが変化する人が実際にいるんだから。これはスゴイとしか言いようがないですよね。風呂場でイメージするのはただです。無料(ただ)。必要なのは自分には自然治癒力があることを知っておくこと。あるに決まってるという感覚。それだけ。「やっぱり、あるんだぁ~。」って。生きてるんだから、あるに決まってるでしょ。自然治癒力が無くなった状態を「死」というんでしょ。新しい細胞が生まれなくなるというだけです。
ついでに書かせていただきますと、「絶対に戻る訳にはいかない」…というより「戻る」という事すら意識に昇らないほど「身体を変化させなければならない理由のある人」は驚くべき集中力で自然治癒力を発揮されます。これも「経験上、私はそのように思います。」と言うに留めておきます。人間は本当に凄い。毎日毎日、発見の連続です。だから毎度毎度、訳の分からないブログが更新されていくわけです。勝手に書かせていただきます。長々と書かせていただいておりますが、ただの戯言と思って下されば結構です。
FICTION治療院↓